海外のグループを礼讃しているのではなく、問題提起として
僕が参加しているフランスのSAAのグループチャットでは、ニューカマーが参加すると、惜しみない支援の手が差し伸べられる。 「次のミーティングはいついつ開かれるよ」 「〇〇はスポンシーを募集しているよ」 「ここで文献が買えるよ」 「こんな資料を共有するね」 「誰々がこんな記事を書いていたよ」 そんな風に、次々と情報やサポートが差し出される。 それに対してニューカマーも、素直に感謝を伝え、実際に行動へと移していく。 そして数か月後には、そのニューカマー自身も、拙いながら、自分が無償で与えられたものを次の人へ手渡していく。 そんなやりとりが、ほとんど毎日のように続いている。 だから僕のWhatsAppは、数日開かないだけで通知が100件以上たまる。 一方で、日本のグループでは、少し違う構図が見える。 一部のメンバーだけが無償の奉仕を続け、他の参加者はそれを受け取り続けるだけ、という状況が長く続いている。 特に感謝を伝えるわけでもなく、行動に移すわけでもない。 せいぜいスタンプでリアクションする程度で、自ら新しい領域に挑戦することもなければ、それをニューカマーへ手渡すこともない。 基本的には、「独り占め」に近い状態になってしまっている。 これは「日本人の性質だから」で片付けてよい話ではないと思う。 共同体が一部のメンバーの奉仕によって存続しているとすれば、それは明らかに異常な状態だ。 私たちが「受け取ること」を当たり前にして、誰にも手渡していかないのだとしたら、どうしてこの共同体が100年後も存続できるだろうか。