仲間を赦さない家来

 SAAをはじめたのが、去年の12月。

それから約2ヶ月をかけて、グループのサイト構築やミーティングの準備をしたり、SNSで告知をするなどして、最初のミーティングを行ったのが2月でした。

右も左もわからないまま、とにかく自分が助かるためには、行動を起こすしかなかった。

ステップ11まで取り組んだのだから、次は12番目をやるしかなかった。


最初は、「どんな人たちが来てくれるのだろう」という期待と同時に、「こわい人が来たら嫌だなぁ」という恐れもあった。

ありがたいことに、無名のグループを見つけてくれた幾人かの方から参加希望の連絡があった。素直に嬉しかった。

自分のグループを作り、そのミーティングに誰かが参加してくれる、というのは、本当にありがたいことだと思った。

同時に、「グループを作るってこんなに大変なことなのか」と痛感することも多くあった。

自分がただ、誰かの作ったグループに参加するだけの時には、経験のしようがなかった苦労がそこにはあった。


例えば、参加希望の連絡があり、約束の時間を取り決めて、家事と夕食を早めに済ませてミーティングルームに待機していても、連絡もなくドタキャンされることや、いきなり音信不通になってしまうということが一度や二度ではなかった。

あるいは、1回か2回参加をしただけで来なくなってしまったり、「こんなミーティングは気に食わない」と文句を言われることもあった。

そういう人には、「では、あなたがミーティングを作ってみてはどうですか?」と聞き返すようにしている。

それは嫌味や冗談で言っているのではなく、本心から「これには効果があるし、やってみなければわからない苦労があると知ってもらいたい」という、混じりっ気のない純粋な思いから、僕は提案しているのだけど、

彼らは、笑ってごまかす。

人にはケチをつけても、自分ではその責任を負おうとはしないのだ。


そして、言い聞かせるかのように、

「自分にはできませんよ」

「あなたは特別に能力が高いんです」

「スタディのリーダーなんて尊敬しています」

と言う。


いやいやいや、待ってくれ。


ぼくもつい数ヶ月前まで、プルプルと震える子鹿のような存在だった。

それでも自分の回復のために、右も左もわからないまま、ミーティングをはじめたのだ。

今だって、何がなんだがよく分からないまま、迷ったり、悩んだりしまくっている。


自分が「完璧に」回復してからでないと、ミーティングのリーダーが務まらないのであれば、僕は死ぬまで誰かに働きかけることなどできなかっただろう。

だけどそういうことを、どれだけ言っても、彼らの耳には届かない。

届かないどころか、「余計なお世話だ」と言わんばかりの恨みたっぷりの眼差しで睨み返される。


そんな虚しい12番目のステップに、僕はうんざりした。

なんか、思ってたんと違う。

もっと、輝かしい成功があるはずだと思っていた。

自分のグループから回復者が何人も現れて、この暗い日本の12ステップ共同体の歴史に一筋の光を差し込むのだ、という僕の妄想は、ほんの数ヶ月で打ち砕かれた。

それはどうやら、僕の役割ではなかったらしい。


そもそも、回復を与えることができるのは、僕ではなく神でしかない。

したがって、僕にできることは、ただ自分の身に起きたことをありのままに他の人に伝えること、つまりメッセージを運ぶことしかない。

もしも、神が望むのなら、そのうちの誰かが回復するかもしれないし、しないかもしれない。

もちろん最善の努力はするが、結果をコントロールできるのはやはり自分ではない。


この活動をしていると、そんな当たり前の事実が、眼前に聳え立つ。


やるせない。

逃げたくなる。スリップしたくなる。

棚卸しを書く、祈る、他の人のために働く…。


そうしているうちに、ふと「自分は助けられている」という奇跡に気がつく。

感謝の気持ちが湧き出してくる。


やっぱり、この体験を他の人にも伝えたい。

伝えると、煙たがられる。


すると今度は、そんな「分からず屋」な参加者たちを、裁こうとしている自分に気がつく。

いやでも棚卸しをすることになる。

いやでも祈ることになる。

自分を超えた力に頼らなければ、とても扱えないことが多すぎるからだ。


聖書には、「仲間を赦さない家来のたとえ」がある。


「仲間を赦さない家来」を描いたドメニコ・フェッティによる絵画(1620年頃)



神は僕のことを赦してくださったのに、どうして僕は仲間を責めることができるだろうか。


それは、僕の自己中心性の現れでした。